高村光太郎美と科学の本質光太郎が美術学校に通っていた時に牧師さんと話をした.その時牧師さんに
「自
然は美しいと思うか? 」と聞かれたので「はい.美しいと思います」と答えたら,牧師さんは「その美しい自然を誰が作ったと思う? 」と聞いてきた.光太
郎は
牧師さんは神様が作ったと答えさせたかったのだろうが,そう答えるのが気が進まなかったので「分かりません」と答えたらしい.
以後,光太郎は美とは何か? と自問自答していた.晩年になって「美とは向うにあるのではなく自分の中にあるのだと気がついた」と書いていた.つまり自然 が美しいと言うのは山や空,生物などの自然の中に美しさがあるのではなく,美しいと思う自分の中にあると言う事. 音楽で言うとモーツァルトの音楽が美しい,楽しいというのは,モーツァルトの音楽自体は空気の振動に過ぎないが,それを美しいとか楽しいとか思うのは自分 の中にあると言う事だ. 大学で物理を勉強していた時にこの高村光太郎を読んで考えでしまった.例えば物理でエネルギーって概念があるが,これは自然には無くて人間の中だけにある デッチ上げなのだろうか? そうすると自分はそのデッチ上げを一生懸命勉強している事になる,これは物理に限らず自然科学の本質に関係するが,私はこういう風に考えた. 例えばエネルギーという概念を考えると人間が自然を理解するのに便利だ.だからと言って エネルギーってのは人間のご都合だけでデッチ上げられた概念とは考えられぬ.エネルギーって概念を使った理論は実験に合わないといけないからね. だから物理に限らず自然科学は自然と人間の共同作品と考えている. これが高村光太郎を読んで得た最大の収穫だ.高村光太郎が知ったらビックリするだろうけど. 機能美高村光太郎が空襲で B29 が飛んで来た時その美しさに見惚れたと書いていたのも同じような理由だろう.B29 は美しさを狙って設計されたものではないが美しい.B29 の場合は流体力学的に合理的な設計になってるので美しい面があるのだが,一般に電子部品はそんな必要が無いが美しいと感じるものが多くある. オーディオ製品は本来の性能より見てくれが重要だから設計時にはルックスにエライ気を使う.それだけに多くは見てくれ重視の水商売の姉ちゃんみたいなセン スの無い厚化粧が多く高村光太郎が感動した B29 の美しさを持った製品は少ない. 一度淡々と電子部品やオデオ製品を眺めてみればエエぞ.これも特段お金はかからないプア流オデオの楽しみ方だ. 文明,文化の進歩
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